あれから10年、あれから半年

明日、9月11日。

言わずと知れた、NY同時多発テロから10年、
東日本大震災から半年を迎えます。

だからというわけでもないのですが、今日(9月10日)、
日本赤十字社の救急法基礎講習に参加してきました。

3・11のあと、いざという時にあわてないための技術を
なにか身に付けておきたいと思い、半年後の今日、
ようやく参加することができました。

倒れた人を見つけた時の対処の方法、
救急車が来るまでに行う手当ての方法、
心肺蘇生法(人工呼吸や胸骨圧迫=心臓マッサージ)、
AEDの使い方、ノドに何か詰まらせた場合の除去方法など、
実技を中心に学んできました。

人工呼吸や心臓マッサージはテレビドラマなどで
観たことはあっても、実際やってみるとコツが必要なことが
わかりました。

AEDも公共機関に設置されるようになったのは知っていても、
使い方を知らないと手を出すことは難しいものです。

今まで、時たま駅などで倒れている人を見かけることが
あっても、どうしたらよいか分からず素通りしてしまっていました。
そして、見てみぬふりした自分にうっすらと罪悪感を持っていました。

これからは今日学んだことを活かし、勇気をもって、
「どうしました?大丈夫ですか?」と呼びかけたいと思います!

Doing Nothing

このところ友人や仲間に会うと、
ほぼ必ず聞かれる質問があります。

ひとつめは「忙しい?」。

ふたつめは「最近は何してるの?」

ひとつめの質問への答えは
「暇ですよ」。

ふたつめの答えは
「特に何も(してないですよ)」。

どちらの答えにしても、すんなり受け取られることは少なく、
反応としては軽い驚きと困惑が入り混じったものが
返ってきます。

わたしが答えた後は会話が続かないことがほとんどです。

相手が面食らう、その反応がなんだかおもしろくなってきて、
最近ではあえてやっていたりもするのですが(笑)。

実際は寝たきりや引きこもりになっているわけでもなく、
仕事もしているし、Yogaに行ったり本を読んだりしていますが、
質問者が期待している文脈においては、わたしは「暇」であり
「何もしていない」ことになります。

何もしていないと、誰かに認知されたり賞賛されたりすることもないし、
成果や実績として残るものもありません。

自分では無為に過ごしているとは思っていないし、
充実感もあるし、退屈でもありません。

何かを成すことに価値を置いているかぎり、
今わたしが意図的に選択している「何もしない」ことは
奇異に映ることでしょう。

ずっと長い間、何かを学んだり、新しく立ち上げたり、
イベントやワークショップやプロジェクトの実現に
奔走したりすることを続けてやってきたからこそ、
それらとは真逆の、今いる境地にとどまることが
できるのだろうと推測しています。

しばらくは、このDoing Nothingを続けてみて、
自分のなかに現れてくるかもしれない、
あるいは現れないかもしれない、
Somethingを待っていようと思っています。