Doing Nothing

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このところ友人や仲間に会うと、
ほぼ必ず聞かれる質問があります。

ひとつめは「忙しい?」。

ふたつめは「最近は何してるの?」

ひとつめの質問への答えは
「暇ですよ」。

ふたつめの答えは
「特に何も(してないですよ)」。

どちらの答えにしても、すんなり受け取られることは少なく、
反応としては軽い驚きと困惑が入り混じったものが
返ってきます。

わたしが答えた後は会話が続かないことがほとんどです。

相手が面食らう、その反応がなんだかおもしろくなってきて、
最近ではあえてやっていたりもするのですが(笑)。

実際は寝たきりや引きこもりになっているわけでもなく、
仕事もしているし、Yogaに行ったり本を読んだりしていますが、
質問者が期待している文脈においては、わたしは「暇」であり
「何もしていない」ことになります。

何もしていないと、誰かに認知されたり賞賛されたりすることもないし、
成果や実績として残るものもありません。

自分では無為に過ごしているとは思っていないし、
充実感もあるし、退屈でもありません。

何かを成すことに価値を置いているかぎり、
今わたしが意図的に選択している「何もしない」ことは
奇異に映ることでしょう。

ずっと長い間、何かを学んだり、新しく立ち上げたり、
イベントやワークショップやプロジェクトの実現に
奔走したりすることを続けてやってきたからこそ、
それらとは真逆の、今いる境地にとどまることが
できるのだろうと推測しています。

しばらくは、このDoing Nothingを続けてみて、
自分のなかに現れてくるかもしれない、
あるいは現れないかもしれない、
Somethingを待っていようと思っています。

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