善意に満ちた暴力

震災を機に情報シェアの方法について、気づきがありました。
半分つぶやきのような、問題提起です。

11日の地震発生以来、福島第一原発が予断を許さないこともあいまって、
様々な情報がメールやTwitter、Facebookなどでシェアされています。

しかし、それらの情報には匿名や出所不明の正確さが疑われるような
ものも含まれており、実際にデマだったものもあります。

あるメーリングリストでは、そうした転送メールがきっかけとなり、
感情的な衝突が起こるのを目の当たりにしました。

震災以前、私もML参加メンバーにとって有用と思われる情報を
転送することが多かっただけに、衝突を見ていると、我がことのように
身につまされています。

メールを転送する側は良かれと思った行為だったとしても、
受け取る側にとっては、「ありがた迷惑」な押し付けだったことも
あっただろうと、今更ながら自分の行為を反省しています。

ある特定の目的のために使用されているメーリングリストに、
目的と異なる内容の情報を流す行為は、量や質によっては
「SPAM」の域を越えて、「暴力」にもなりえます。

私自身、今後、特にメール転送による情報シェアについては、
配慮を怠らないようにしようと肝に銘じました。

さて、MLに情報を転送する際は、ML参加者の許可を
得てからシェアできる方法を使ってみてはいかがでしょうか。

例えば、

●受け取り希望者だけにメールの一斉配信をする
●受け取り希望者をメンバーにしたMLを別途立ち上げる
●ブログのメンバーやパスワード制限等の機能を利用
●SNSのメンバー毎設定を利用

などは、具体的な解決策かと思います。

もしもっと良い方法をご存知でしたら、コメント欄や
Twitterなどでお知らせください。よろしくお願いいたします。

正常心

ふと手にとった松下幸之助さんの「道をひらく」。
示唆に富む文章を見つけたので、シェアします。

正常心

 火事になればだれもがあわてる。たいへんな非常事態で、だからなりふりもかまわず、他人の足をふんででも、まず火を消さねばならぬ。物を持ち出さねばならぬ。人の助けもかりねばならぬ。非常の場合には、非常の措置もやむを得ないのである。

 戦後数年のわが国は、この火事以上の非常事態であった。だから非常のなかの非常の振舞方や考えが、次々とあらわれてきた。やむを得なかったともいえよう。

 しかし、これはあくまでも非常のなかでのことである。火事がおさまれば、やはり他人の足をふむことはゆるされぬ。人の助けをかりることを、当然と考えるわけにもゆかない。正常にかえれば、正常の心がやはり求められるのである。

 わが国の人心は、現在、はたして正常にかえったかどうか。生活は正常にかえったのに、”非常”に甘えた振舞や考え方が、なお根強く残っていはしないか。

 正常心にかえるためには大きな勇気がいる。勇気をもって反省してみたい。ふりかえってみたい。そこに人としての道のはじまりがあるといえよう。

「道をひらく」 pp210-211 松下幸之助 PHP研究所

被災地の皆さんは、まさしく「非常時」に直面して
いらっしゃいます。だから、「正常心」を堂々と捨てて、
今は人の助けを頼ってください。

被災地にいない皆さんは、助けを求められたら、
与えてください。