死を越えてまで
今日は資源ごみの日。
昨夜、読み終えた新聞、カタログや雑誌などを整理して束ね、今朝、収集所に出してきました。その時は必要を感じて保存したくせに、後から見ると「なぜ、これを取っといたの?」ってこと、よくありませんか?
先日、タントラ・メディテーション・リトリートで聞いた「バルドウ」(中有・死後、次の生を受けるまでの状態・チベット仏教の言葉です)についての講話にあった、「死を越えてまで、持っていける物は何一つ無い」という言葉が深く心に響いています。
同じ意味の言葉で、「人は生まれた時も死ぬ時も裸だ(何も持っていない)」といいますが、それにも関わらず、私たちは物、お金、人、あらゆるものを自分のものだと思い込んで執着しています。
春は別れと出会いの季節。これからの自分にとって、要らなくなったものを手放す時期でもあります。今の仕事が落ち着いたら、整理整頓、スッキリしようと思います。

ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門
カレン・キングストン

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