王府井たより (1) 旅日画家 王子江 作品展
今回、10月10~14日の北京訪問の主目的は
母の付き添い(苦笑)。
母が師事している中国人水墨画家の王子江氏が出身地・北京で
”凱旋”展を開くことになり、その開催に合わせての旅行だった。
10月12日のオープニング初日。
王先生に「9時半頃に来てください」と言われ、
朝から少しオシャレして母と会場の中国美術館に出掛けた。
タクシー運転手に遠回りされるという旅先でありがちの
ハプニングもあったが、何とかたどり着き、
美術館の前で王先生の奥様と出会うことができた。
奥様に招待券を頂き、会場に入ると、なにやら式典の準備が
されている。テープカットもあるらしい。
今回、NHKの取材も入るため、撮影クルーも何名か待機していた。
(NHK BSと教育TVで放送予定あり。)
会場内で王先生に出会うと、満面の笑顔で
「よく来てくれました!ありがとう!」と握手してくれた。
ついでに、私が着て行った中国服っぽいデザインの絹のチュニックを
「いいですね!」と褒めてくれた。
予定時間の10時過ぎ、来賓が勢ぞろいして、いよいよ開催だ。
中国側、日本側からの来賓の挨拶が続く。
日本側からの来賓は駐中日本大使館公使と大使夫人など。
来賓の挨拶が終わると、王先生のスピーチ。
王先生は来日16年。日本語も流暢だが、スピーチは中国語だった。
(日本からの訪問者も多いせいか、式典には通訳がついていた。)
今回、展示された大作の一つが国立中国美術館に収蔵されること
になり、その目録?授与も行われた。
テープカットの後、式典はお開きになった。
かなり広い展示室に大きな作品が何点も並ぶ。
東京の画廊ではとても飾れないようなスケールの大きな作品ばかりだ。
何度観ても不思議なのは、
水墨、つまり白と黒だけの世界なのに、
すべてを描ききっている表現力だ。
(墨の種類は使い分けているそうだが)
水墨は油彩のように塗り重ねる技法ではなく、
いかに塗らないか、余白を残すかの加減が勘所である。
以前、個展を見に行った時に好奇心丸出しで聞いてみたところ、
描き始める前に、これから描こうとしている絵の完成図が
出来上がっているそうだ。
描く時は頭の中の完成図のイメージを筆で表現していくだけ、
なんだそうだ。
こう書くと簡単そうだが、実際に王先生の絵を見ると、
それがただ事ではないことが分かると思う。
特に人の顔。
私はアマチュア画家の母の影響もあり、絵を見に行くことも多いが、
水墨画という限定された技法を感じさせないほどの表現力をもった
画家を他には知らない。
今回、展示された作品には世界平和を祈る作品も何点かあった。
白人、黒人、モンゴロイド、様々な人種の顔が描かれている。
イラクだろうか、アフガニスタンだろうか、
家族や友人を亡くした悲しみにあえぐ人々の顔、
兵士たち、戦車が描かれている。
血を思わせる、赤の絵の具が画面に散っている。
以前、王先生に質問したことがある。
「何を一番描きたいと思っていますか?」
間髪いれず、答えが返ってきた。
「愛、ですね。」
人物、山水、花鳥風月、
仏、天女、庶民、兵士、
誰を、何を題材にしても、王先生はそこに愛を描いている。
ゆっくり見てまわり、しばらくすると、
ご招待いただいたレセプション(昼食会)の時間が近づいていた。
うながされるままに奥様のお兄さんの車に同乗させてもらい、
会場に向かう。
中国側の出席者は先生の恩師、同級生、友人、家族など。
日本側はサポーター(数十万する絵画を何点も購入している、
ある意味パトロン)や母のような生徒兼ファン。
またも来賓や先生のスピーチがあり、
かなりの規模の宴会だった。
食べきれないほどの料理が次から次へと運ばれ、
食べるのが追いつかない(苦笑)。
それは豪勢なお食事だった。
絵画展そのものの開催期間はたった6日間である。
とは言え、準備日数はかなり長期間のはずだ。
王先生は打合せのために何度も帰国し、
数ヶ月前から長期滞在して作品の準備をしていた。
現在46歳の王先生だが、もう少し年をとったら、
北京と東京半々の生活を送りたいのだそうだ。
芸術に国境はない。
悲しい歴史が横たわる中国と日本であったとしても。
日中の架け橋としても、芸術家としても、
王先生の役割はこれからますます高まっていくだろう。
今後も王子江氏の活躍を私も見守っていこうと思う。

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